2013年4月7日

福建客家土楼調査

爆弾低気圧」などと言いますよね。去年はこの低気圧のせいで,夜中に関空に着き朝まで一泊しました。
宮下です,今年も中国にいってきました。

冒頭のそんな報告は去年の同時期の雲南省調査のブログで報告したと思います。
このときは,毎日の報告のように小出しに書いていましたが。ちょっとしんどいもんで適当にまとめて書きます。
客家土楼・厦門市・蟳埔村蚵壳厝・福州市三坊七巷
ぐらいの4つにわけて書いていきます。



さて,福建省に行ってまいりました。
福建省は台湾のすぐ対岸を含む省であり,
食べ物は薄味で辛くなく,だもんで物足りないときもありましたが
前回,前々回のときのように,腹を壊さずにすみました。

高速鉄道
時間通りに運行していました。
まずはその福建省の客家(客家語を共有する漢民族の一支流/出典:ウィキペディア)土楼と呼ばれる住居をみてきました。

日本から発ち降り立ったところは,福州市という都市です。
そこから,高速鉄道で2時間半弱で客家土楼がみられる地域の近くの駅につきます。



最初の写真にみえるようなものが土楼です
大半がそこに移っている,円形平面,方形平面のものです。
大きさは直径や辺のながさなどが十数mから80m位までのもので
なんというか,集合住宅です。
2〜5階建てで,3階建てのものが特に多く確認できました。

円楼:円形の土楼
方楼:方形平面の土楼

土楼は版築の外壁と木の軸組からなっています。
500年まえからとか700年まえからあると言う土楼もあり,メンテナンスをしながら使い続けてきています。



円楼の内観
(魚眼レンズ)
方楼の内観
(魚眼レンズ)
土楼への入り口は1つ程度で,中心は中庭になっており,住居部分は,土楼の外壁沿いに中庭を向いて並び,土楼全体の規模に関わらず,およそ似たような間口・奥行きをもった部屋でつくっています。なので土楼の規模によって中庭の大きさが変わります。
← 土楼内観 →


そんなところでいいでしょうか
2・30年前に建てたと聞く土楼もあって何世紀も前から形を変えていないのは興味深く思います。

現在も建設中の土楼もありました(観光のため?)

崩れた土楼もあり,
それは,10数年前から住まなくなり,5・6年前に倒れたそうです。
数世紀持つ版築の土楼ですが,雨の多いこの地域では
屋根などの部材を修理,代謝していかなくてはすぐに崩れてしまうようです。


家畜も元気に美味しそうに育っていました。



 中の様子を数枚














佐渡 赤泊報告会,相川報告会

佐渡島
赤が赤泊,緑が相川
報告会をしてきましたよ とのことで
宮下が短い報告のブログを書きます。
大物の記事が控えているので


さて,少し前
3月の後半に,佐渡市の赤泊地区と相川地区にて報告会をしてきました。


報告会では
先生が「先に5分ほど」などとと言いながら20分近くはなされ
その後に赤泊では宮下(M1,当時)が,相川では今井(B4,当時)が3・40分の報告をしました。

なかなか,40分ちょっともはなし続けるのは
単純に発声がしんどいかなと思いました。座りながらだったもんで余計でしょうが。
赤泊報告会


相川報告会





















どちらも住民のかたが熱心に聞いてくださって,有意義な報告ができたんではなかろうかと思います。







また,
今回は報告会にあわせて佐渡の未調査地区の町家の予備調査を行いましたが
面白い地区が残っていて



なかなか,私の研究は佐渡を出ることができません。



2013年2月8日

卒論提出完了。

お久しぶりです。B4野口です。

前回書いた年末から、新年初めての投稿も自分で妙な感じですが、
つらつらと書かせていただきます。

去る2012年2月5日、卒業論文を提出いたしました!!!!
提出日まで色々ありましたが、修論に取り組んでおられたM2の方々を始め、
ゼミの方々と雑談、助言も交えながら、無事潜り抜けることができました。

1か月近く風邪をひき続けながらも気力で作業を続ける今井氏(手前)と、
4回生中一番早く卒論が完成し、印刷し終えた論文を確認する山下女史(奥)。


提出後、疲労感と解放感から
机に突っ伏すお二人。

最後は、今井氏曰く「こっちが本編」(笑)という量の付録を刷り終え、時間内に提出することができました。














後は、卒論発表に備えてパワーポイントを完成させるのみ!!
B4 野口